甲子園が中止になった過去の理由は?高校野球史上初の春夏中止って本当?

甲子園過去の中止はいつ?高校野球史上初の春夏中止って本当? スポーツニュース
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2020年5月20日、日本野球連盟がこの夏に開催予定だった第102回全国高校野球選手権大会の中止を決定しました。

このような甲子園の中止は過去にもあったのでしょうか。

この試合は夏の風物詩でもあり、幼いころから甲子園を目指して毎日厳しい練習に耐えてきた球児たちの憧れの舞台でもあります。

今年も第102回目の大会が8月10日より開催される予定でした。

この長い歴史をもつ試合、今までに中止されたことがあったのでしょうか、調べてみました。

それでは「甲子園過去の中止はいつ?高校野球史上初の春夏中止って本当?」をお届けします。

 

甲子園過去の中止はいつ?

全国高等学校野球選手権大会の第一回目の試合は1915年に豊中球場で行われました。

調べると今回の中止は79年ぶり3回目だそうで今まで過去2回にわたり中止となった事があったようです。

第一回目の中止は1918年、米騒動の為に中止となりました。

第二回目は1941年から1945年にかけて太平洋戦争の為に中止となりました。

1942年には文部省の主催で全国中等学校野球大会が開催されましたが、文部省の意向によって、全国高等学校野球選手権大会とは別大会と認識され、通算記録には数えられていないようです。

中止となった1941年が第27回大会、再開した1946年が第28回大会となり、今年が102回目の大会のはずでした。

いままで中止となった年の回次は残っているため、今年の102回という回次も残り、来年は第103回大会となることでしょう。

 

米騒動で中止ってどういうこと?

こちらの米騒動は1918年7月に富山県から始まりました。

1918年といえば、「欧州大戦」が勃発!

日本もこの大戦に参戦し、同盟国であるドイツ軍と戦っていました。

そして8月に入るとシベリア出兵がはじまり、この出兵宣言によって、再び戦争が始まる事が分かって「米価の高騰」が起ったと言われています。

8月には米が高騰化し、社会問題になっていたようです。

8月5日に、ようやく富山での米騒動が報道されました。

その報道によると、およそ200人の「女房連」が米価の暴騰により大運動を起こしたとあり、米の値段を下げないと家を焼き払い全員皆殺しにすると脅していたそうです。

8月8日に報道では、およそ2000人が駅に集結!

その理由は東京行きの列車に米が積み込まれていると聞いたから。

その騒動は新聞で大々的に報道され、この富山の騒動と米価の以上な高騰ぶりについて説明されていたようです。

二日後の8月10日にはこの騒動は他の地域にも飛び火し、富山市県内の各地及び岡山や高松でも暴動が起こっていると書かれていました。

8月11日には京都、名古屋にまで飛び火。

8月12日の新聞には「関西の米一揆拡大」と報道され、軍隊が出動しての鎮圧となりました。

8月12日以降には大阪でも暴動が起こり、毎日のように米騒動詳報の号外が刷られていたようです。

8月14日には大阪市で放火が頻繁に起こるようになり、夜間外出禁止令が発令!危険レベルが大きく引き上げられたことが分かります。

同じく14日には東京でも暴動が起き、米屋は石を投げられるなどして襲撃されていたようです。

全国野球大会はこの14日に開幕予定でした。

この時点では「延期」との発表でした。

しかし、政府は15日に米価に関する報道を一切禁止しました。

報道により、情報が錯乱して暴動がさらに広がるのを恐れていたようです。

そして、とうとう16日に全国野球大会の中止が決定、17日に報道されました。

この理由については、とにかく「人を集めるな」ということだったようです。

当時、関西方面では治安が悪化、人が集まればその場はすぐに暴動化していたようです。

そんななか、何千人を集めての高校野球大会は危険と判断され、中止に至ったようです。

よって、事の始まりは富山で起こった婦人会の暴動でしたが、それが関西に飛び火し、京都、大阪、神戸に広がり、関西地方の各地は軍隊まで出動する無政府地帯となってしまっていました。

そのような地域での高校野球大会は無理と判断され、中止が決まっていたようです。

ところがこの中止は直前の中止となったため、出場するはずだった14校は既に大阪入りしていたようです。

こちらの練習の様子なども新聞で報道されていたようですが、米騒動のピークと試合日程が全く同時期に重なってしまっていたようです。

遠い所では東北や九州から大阪入りしている代表校もありました。

100年前、大阪を目指して練習をし、多くの旅費を使って大阪入りしての直前の中止。

この時の選手たちの無念を思うと胸が痛いです。

 

 

甲子園過去の中止!高校野球史上初の春夏中止って本当?

今年の夏の甲子園大会の中止は戦後初。

そして春夏連続の中止は歴史史上初めてのようです。

さらに6月下旬から8月初めにかけて予定していた49の地方大会の取りやめも決まっています。

日本高校野球連盟は「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぎ、選手や観客の安全、健康を守るため中止が必要」と判断し、今回の春夏試合の中止を決定したそうです。

日本高校野球連盟の八田英二会長によると、今回の決定についてオンラインでの記者会見で次のように述べました。

「苦渋の決断を伝える悲しい日になった。開催できない事は断腸の思い。」

 

2020年3月以降の高校野球を巡る経緯を紹介します。

3月11日 日本高校野球連盟が新型コロナウイルスの感染拡大を考慮して春の大会の中止を発表しました。

この春の中止は歴史史上初の中止となりました。

4月6日 沖縄の県大会で準決勝以降の試合の中止が決定されました。

4月13日 春の北信越大会の中止が決定。その他全国9地区の地区大会全てが中止となりました。

4月20日 全ての春季都道府県大会が中止に。

5月14日 日本高校野球連盟が緊急事態宣言が39県で解除されたことを受けて、「各都道府県が、休校措置の解除、部活動の開始、対外試合の取り扱いなど今後どのような対応をするのか、情報収集に努めたい」と発表しました。

5月20日、日本高校野球連盟が第102回全国選手権大会の中止を発表!

この発表を受けて、多くの高校球児が涙を流しました。

今まで青春の全てを捧げてきた球児とそのまわりのご家族、監督方の気持ちを察すると、掛ける言葉もありませんし、一刻も早いコロナの収束を願うばかりです。

 

甲子園中止に対してのツイッター反応を紹介します。

 

まとめ

甲子園過去の中止はいつ?高校野球史上初の春夏中止って本当?

今回、夏の甲子園の中止が決まり、過去にはいつどのような理由で中止となったのか調べてみました。

今回の中止は野球だけではありません。

国をあげての最大のイベント、オリンピックも中止になってしまいました。

そこに出場するはずだった選手一人一人にもドラマがあります。

来年になった事で、年齢制限で出られなくなてしまう選手、また出れることになる選手、1年の差はオリンピック選手にとって致命的になる可能性もあります。

オリンピックまでのレベルまでとはいかなくても、同じ高校生でも様々な部活があり、大勢の高校生が青春を賭けて打ち込んできた大会が報道されないだけで中止になっているかもしれません。

夏の甲子園は誰もが知っている大きな大会ですからこのように大きく報道され、選手たちも涙をながしていたのが印象的でした。

彼らは報道してもらえるだけ良いのではないでしょうか。

決定してしまったことは変えられません。

様々な対処法を考えてあげる事も必要です。

彼らはそこまで真剣に青春の全てを打ち込んできたのですから。

しかし、その対処法が高校生球児だけでなく、大会の規模に関係なく同じ思いをしている高校生アスリート全員に納得の行く形であることを願います。

さらに早くコロナウイルスが収束して、またいつもの生活に戻れますように。

それでは今回は「甲子園過去の中止はいつ?高校野球史上初の春夏中止って本当?」をお届けしました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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